ブロケツ

ブログするか、ケツ出すか。アラサー女1人社長の等身大ぶっちゃけトーク。

ギフテッド

ギフテッド


私が尊敬していて大好きな人に、「ギフテッド」という言葉を教えてもらった。

その人の息子さんは発達障害者なのだけど、それを踏まえた上で前向きに生きられるよう、今アメリカで暮らしている。

 

「Gifted(ギフテッド)」、直訳すると「授かったもの」。つまり「神に与えられた才能・能力」みたいな意味となる。

狭義では、IQが高い人のことを指すらしいけど、広義には、発達障害者のことをも意味するらしい。

人とは感覚が違うからこそ、アスペルガー、ADHD(注意欠如・多動症)、躁うつ、自閉症、統合失調症など、発達障害としての病名がつけられる。

でも海外では「病気」と同情されるより、「個性」として前向きに捉えられるポジティブな空気感があるのだ。

 

 

 

他の人とは同じ感覚を、「持っていない」ということ。

以前も書いたけど、私は「不足の美」が大好き。そしてギフテッドという言葉にも同じような価値観が込められているように思う。

それは、「ないこと」を感じるということ。

枯山水も、水がないからこそ、水を感じることができる。

 

 

 

ピアニストの辻井伸行さんが大好きだけど、辻井さんも目が見えないからこそ、目に見えないものが見えるのだ。

普段私たちが視覚で判断していることをも、全盲の人は音で感じとっている。

音で、すべてのことが分かるぐらい、感覚が研ぎ澄まされている。

健常者が知らない、別の世界を知っている。

 

辻井さんのピアノの音色は、ピュアで澄みきっていて、すごく繊細なのに、凛とした芯を感じる。

ドレミの全ての音が心地よさそうに揺らいでいて、キラキラして、生きている。

ふわ~と心が溶けて、なんでか分からないけど、勝手に涙が出る。

 

目が不自由なぶん、感性の自由が増える。

視力が貧しいからこそ、聴覚や触覚など、ほかの五感が豊かになれる。

闇を持っているからこそ、光が映える。

それはきっと辻井さんが、自分ととことん向き合ってきたから。

 

 

 

色盲の記事にも少し書いたけど、「障害者」なんて言葉は、人々が勝手に定義して作ったもの。

それなら、人は、なにかしらの障害者。

走るのが遅いだけでも、勉強が苦手なだけでも、歌が上手に歌えなくても、その分野においての「障害」。

自分が障害だと思わなければ、それは「障害」から「個性」となる。

すべてが完璧ならそれは「神」で、欠けているものがあるからこそ、「人間」として生まれてきた。

 

 

 

「あるもの」を活かすことも大事だけど、「ないもの」を将来に活かしていくことも同じぐらい大切なことだと思う。

「ないもの」が多いということは、そのぶん感受性が育つということ。

目が見えない人は、目以外の感覚が豊かになれる。

お金がなかった人は、お金を大切にできる。

毒親で苦しんできた人は、教育の大切さを知っている。

愛に飢えてきた人は、愛の温かさを人より感じ取ることができる。

 

 

 

「持っていない」ということ。

それは、ギフテッド。

神から授けられた、才能。

それを昇華させられるかどうかは、すべて自分次第。

 

では股\(^o^)/

 

 

 

 

人それぞれ欠点がある話はコレ

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不足の美と枯山水について

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色弱(色盲)や辻井伸行さんに触れたのはこの記事 

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